kirakira
12:58:48
A・ブラックウッドの長編小説「ケンタウロス」を読了。
いやあ、満喫しました。実に私の嗜好に合った内容の本でした。
前に書いたとおり、この本は小説の形をとった自然神秘主義の思想書です。
ストーリー性はなきにひとしいです。巻末解説から引用するとこう。

『物語は、原始的本能の深層海流を秘めているオマリーというアイルランド青年が、大自然回帰の道を歩むロシア人とめぐり合い、その地球的生命の脈搏と微妙に感応しあい、あるいは反発しあいながら、次第に一体化し、ついに太古のエデンの神殿に導かれ、ケンタウロスとして自在に宇宙空間を躍動するというものである』

まあとにかく宇宙的な大自然――地球の〈原初世界〉へ近づいてゆく主人公の渇望と恍惚を描いたお話で、壮大な自然神秘描写の素晴らしさ美しさと、心地よいまでの文明批判、俗世俗物批判が秀逸な作品といえます。

『現代生活に見られる熱病のような苦悩、不安、虚栄はとりもなおさず人間がこの地球の魂から遠く旅立ってしまったその距離によるものなのである。宏大な素朴さから遠ざかり、賢しげに進歩を叫ぶ卑小な状態に陥ってしまったためなのである』

ゆえに、文明の進歩や科学、知性、現代俗世社会に誇りを持っている人などには合わないかもしれません。
私にとってはこの本の中で幾度も幾度も謳われている著者一流の文明批判の数々が最高に気持ちいいのですが……

最後に「ブラックウッド傑作選」の巻末解説からひとつ引用させてもらいましょう。

『ブラックウッドの作風は経験主義的リアリズムのうえに、前述の超絶思想を盛りこんで特色を出している。超絶思想はトランセンデンタリズムといい、エマソンによって最も色濃く体現されているが、一口にいって論理や感性よりも、霊性を重んじるという傾向をさす。そこから唯物主義や功利主義の否定や、人間社会よりも大自然の奥深いところにあるものを探求するという姿勢が生まれてくる。
この大自然ということばは、日本的な自然観では説明できない。しいていえば自然神のようなものであり、エマソンのいう大霊(オーバーソウル)に通じるものであろう。ブラックウッドは幼年期から青年期にいたる間の特異な体験や思想遍歴により、人為的な文明に対比すべき超自然的なものに対する感性を、鋭くとぎすましていたのである。
その自然が、人間といかに関わるかを、さまざまなモチーフと手法で描いたのが彼の作品群である。ブラックウッドは、自然が強烈な意志を持っていて、隙あらば人間を侵し、ついに荒廃へと導くものとしてとらえる。荒廃といったが、自然の意志から見れば、人間が本来の原始状態に回帰し、本質的なるものに還元されたことを意味する』

ちなみに、「ケンタウロス」では大自然とは未開の状態へ逆戻りすることではないことがしっかりと説明されてあります。
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皇帝栄ちゃん

Author:皇帝栄ちゃん

クトゥルー神話、ロード・ダンセイニやアルジャナン・ブラックウッドの小説、一昔前の海外怪奇幻想小説、織田作之助、アシジの聖フランシスコなどが好きな這いまわる偽善者。永遠属性持ち。ハッピーエンド至上主義。

東方は早苗さん好きで、霊夢と早苗のカップリングがお気に入り。アイマスは橘ありす好きで、ありすと幸子のカプがお気に入り。


新刊「カワイイボクとファーストキス」とらのあな様にて委託販売中。



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