kirakira
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【アイマス×ダンセイニ】 ミクの祝福

 第三章 電子の風に乗って

 高槻やよいが客間から出て行ったあと、雪歩は暇を告げ、黄昏の中を家へ急いだ。
 やよいが見せた葱笛は、野生の葱で恐らく彼女自身が作ったものだ。雪歩は葱笛について突飛な非現実的な考えを持っていたわけではなかった。だが、心脅かすあの調べと歌声が流れ出さないうちにわが家へたどり着いて安堵を得たいため、大急ぎで帰路を駆けた。
 やっとこさ無事に戻ると、実家の仕事上よく目にする建築関係の模型や、棚に飾ってあるロードローラーのミニチュアを眺めたりしたが、落ち着く間もなく、あのメロディと歌声が夕闇を従えて聞こえだしたのである。
 が、ほんのしばらくで歌声は跡絶えた。雪歩の訪問で、やよいが丘に出かけるのが遅くなったことに起因しているのかは分からないが、とにかく雪歩はわれに返った。
 街の人々はあの調べと歌をどう感じているのだろうか――自分の活動以前にすでにこの地域に潜んでいたと思われる想像もつかぬ驚異のアピールに心動かされるかもしれない。街の若者たちが、夕暮れ、あの歌声の方角をじっと見つめていたのを思い出した。
 ののワの丘はもう静まりかえっていて、雪歩は唯一の安らぎの拠り所である春香と一緒に夕食の席に着くと、まもなく床についたのだった。
 そして輝かしい翌朝、高木社長からの手紙が届いた。有力な助けの手が差しのべられたと感じた雪歩は、社長の返事を黙読した。要約は次の通りである。


 拝復

 手紙は拝読させてもらった。萩原君の気持ちを理解し、心から同情する。君の活動地域にはいささか問題があり、ファン獲得の手ごたえも鈍いことは了解しており、過重労働の状態にあると案じていたところだ。
 わっほい街における目下の問題及び萩原君の熱心な長期にわたる活動を考慮し、遅ればせではあるが、少なくとも一週間たっぷり休養をとることを切に望むばかりだ。私の意見では、ヴぁい街は休養地として格別で、速やかに跡形もなく過労を拭い去ることだろう。わっほい街のアイドル活動については、こちらから代理のアイドルを派遣するから、通常活動に充分耐える自信がつくまで、天海君ともども小休暇を楽しんでテンションを回復してくれたまえ。

 六月十二日 765プロ事務所にて 高木順一朗


 雪歩は一通り読み終えると、ぼんやりと春香を見て、気弱な顔をした。春香は手紙を取って目を通すと、一かけらの失望も浮かべず、喜ばしいこととするような調子で言った。
「わあ、休暇をくれるんだって!」
「……そうだね。一週間のオフだよ」
 今までに充分オフをとることもできた。だが雪歩は、わっほい街での自分のアイドル活動について特別な気持ちを持っていたのだった。
 一日でも休暇をとるなんてとんでもない、ただでさえ亡国の感じがあるのに、よりによって未曾有の不可思議な問題を抱えこんでいる今は、この事態に背を向けるわけにはいかない。雪歩は臆病でネガティブだが、根性精神も併せ持っており、芯の強さは普段の弱気を覆すほどなのだ。それなのに社長の手紙には、もうオフ旅行は決まったのだと書いてある。
 春香は雪歩の困惑を察した。社長の命令に背くなど夢にも思わないことも分かっていた。それなら早く出かける方がいい。電車の時間をきいて、物思いから呼び覚まそう。
「何時の電車に乗る?」
 びくっと雪歩はわれに返り、わっほい街を暫し離れるのだという現実認識ができたら、もうあとは簡単で、翌日の三時二分発で、と、事は決まった。

 雪歩と春香は三時二分の電車に乗り、二駅で乗り換えてヴぁい街で降りると、タクシーで765プロが用意してくれた宿に着いた。ふたりはそこで、こじんまりした快適な部屋で遅いティータイムにしたのだが、その頃、わっほい街では、夕陽が西に傾き、ののワの丘の斜面に茨や木苺や野ばら、そして高槻やよいの影を黒々と落としていたのである。
 やよいがただ一人この丘にやってくるようになって半年ばかりたつ。数ヶ月前のある日、少女は不意に丘の呼び声を感じたのだった。それで丘の斜面を登っていき、頂を越えたところ、遠くにある神秘を見つけたのだ。古代の円環列石、それはわっほいの巨石の環と呼ばれていた。
 ところで街に三浦あずさという占い師がいて、時々家の掃除に来てくれるので、やよいは小さい頃からよく話を聞かせてもらっていた。いつも思い出すのは、ある日、たしか「もやしはなぜ安いのか」というような単純なことがとても知りたくてあずさに訊くと、何か風変わりな面白い理由を話してくれて、「私は、何だって知ってるのよ~」と答えたものだった。
 それである日、やよいは、丘の頂で見た巨石の環が頭から離れず、どうしてあれがこんなにも胸の奥深くに溶け込んで迷わせるのかをあずさに訊いてみた。
 あずさが、誰でも言うようなありきたりのことしか話してくれないので満足できず、あれこれ尋ねていると、やがて「それは、あのクリプトンさんのせいだわ~。いつだったか、やよいちゃんが外でお昼寝しているとき、彼がふらりと現れて、耳元で歌をうたっていたのを見たのよ」と、あずさは言ったのである。
 それから再度夕闇の丘に出かけてみたが、何も感じられず、気晴らしに茂みのほうへ行ってみた。すると、茂みの中でほんの束の間、電子の音声のようでありながら意思を感じさせる歌が風に乗って聞こえ、長いこと心に残った。そして遂にある日、ナイフを持って行き、野生の太い葱を一本切り取ると、茂み中の葱がいっせいにうなずいているようだった。
 こうしてやよいは、萩原雪歩が見た葱笛をつくったのだった。
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プロフィール

皇帝栄ちゃん

Author:皇帝栄ちゃん

クトゥルー神話、ロード・ダンセイニやアルジャナン・ブラックウッドの小説、一昔前の海外怪奇幻想小説、織田作之助、アシジの聖フランシスコなどが好きな這いまわる偽善者。永遠属性持ち。ハッピーエンド至上主義。

東方は早苗さん好きで、霊夢と早苗のカップリングがお気に入り。アイマスは橘ありす好きで、ありすと幸子のカプがお気に入り。


新刊「カワイイボクとファーストキス」とらのあな様にて委託販売中。



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