kirakira
00:02:03
片影三号を読了。

水晶散歩その三。
ここで初回の冒頭にあったストーリーの根幹に位置する大魔法使いのことが少し絡まってきましたな。それにしてもうっかりするとポウ・ポーのことを忘れがちになってしまうのですが、今は展開している話のほうに集中しておけばいいのでしょう。サリュベアロ卿という魔的なドーレも今後関わってきそうですし。

星新一論。
私はこの作家の小説は読んだことがないのですが、非現実要素の加わった独特のショートショートは好きなほうなので興味はあります。近くの本屋で新潮文庫の棚を見たら10冊ほど置いてあったのでパラパラっと読んでみる……うーん、稲垣足穂やディーノ・ブッツァーティとかその辺の短編や掌編を思い浮かべました。
この試論で印象に残った箇所。

『その隙のなさに寂しさを覚える読み手もいたのではないだろうか。読み手が想像して作品世界にひたることのできないものともいいえるからだ。現代流にいえば二次創作ができない世界とでもいおうか。読み手の勝手な介在を許さない作品世界。それはそれで完成度の高さを示しているが、他方、それ以上の魅力を読み手にもたらすことはない。悪くいえば息苦しさすら感じる』

以前どこかで、

・読者に想像の余地を許す作品はそれだけ隙が多いということだと思う
・二次創作の多い作品は完成度の低さをあらわしているのではないか
・読み手の介在を許容するというのは隙の多さと完成度の低さの言い訳だろう
・完成度の低い作品は読むに値しない

といった意見を目にして少しもにょったことがあります。
私は隙のない完成度の高い作品というのは、凄いとは思うけれどはっきりいって好きじゃない(美少女メインやキャラクターものの作品の場合)ので、むしろ構成や設定に隙が多い作品のほうが好みだったりします。
ただ稚拙な私には完成度の高い作品はガチガチで息苦しいとはいえても、もっと的確な思いを言葉にあらわすことができなかったのですが……『完成度の高さを示しているが、他方、それ以上の魅力を読み手にもたらすことはない』――これがピタリとはまりました。
まあ完成度の定義・感覚は人によって違うでしょう。私の好まない完成度の高さというのはさて……

超短編のセカイ。
超短編というジャンルについてのコラムですが、それを扱った本が出ているというのにびっくり。「超短編とは数文字から数百文字までの短い物語である。定義はこれに尽きる」の明快さが素敵。

ラヴクラフトにおけるダンセイニ受容。
バブルクンド崩壊の作者的理由がなんとも歯がゆい。幻想は手が届かない位置にあるからこそ幻想であり、その距離感がなくなってしまえば崩壊するしかない。
この辺は、望む幻想の地・都市で永遠を、という私の希求にとって辛いところで、だから私はラヴクラフトの作品では「銀の鍵」や「セレファイス」が好きなのです。
もっとも「セレファイス」に関しては、クラネスは素晴らしき創造の幻想都市で永遠の幸福な統治が約束されたにもかかわらず、「未知なるカダスを夢に求めて」では現実の故郷を恋焦がれてメランコリーに陥っているのが複雑な気分です。
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皇帝栄ちゃん

Author:皇帝栄ちゃん

クトゥルー神話、ロード・ダンセイニやアルジャナン・ブラックウッドの小説、一昔前の海外怪奇幻想小説、織田作之助、アシジの聖フランシスコなどが好きな這いまわる偽善者。永遠属性持ち。ハッピーエンド至上主義。

東方は早苗さん好きで、霊夢と早苗のカップリングがお気に入り。アイマスは橘ありす好きで、ありすと幸子のカプがお気に入り。


新刊「永遠のレイサナ」とらのあな様にて委託販売中。


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